若手から、相談を受けました。
というのも、「なんでこんなこともできないの?」と先輩に言われるんだけど、どうしてできないのか自分でもわからない。
だからわからないことを素直に言ったらボロクソに言われて、もうどうすればいいのかわからない…と。
私はその先輩と若手とどっちに共感できるかといえば、正直、先輩サイドです。
できないことのレベルの低さに驚くのも現実だし、できるように必死になって努力している姿も正直、よくわからないし。
若い頃の私からすれば、「できないのは努力不足の結果なのでは?」と思うことばかりでした。
同時に、「私でもできたんだから、あなたも努力すればできるんじゃない?(=あなたは努力不足です)」と思っていました。
だけど、長らく努力に努力を重ねた人生を生きてくると、「このレベルの努力はなかなかできるもんじゃないな」と思えるところもあります。
例えば、大学受験では、高校1年の冬から必死で受験勉強をし、高3と浪人の丸2年間は毎日10時間勉強しましたが、その時も、もう限界まで努力したからこそ得られた自信があったので、無事に合格できたと思っています。
社会人になってから約20年、趣味もろくになく、一緒にご飯に行くお友達もいなく、休みの日曜祝日はひたすら自分に向き合い、コンテンツを作り続ける日々。
そういえばこのパーソナルサイトも記事数は2500になります。発信は媒体を変えながら15年近くずっとやってきているので、うん、ちょっと一般ではない数字です(笑)

そんな、「普通の人にはできないレベルの努力」を続けた結果、私にとっての「普通は(これくらいできるよね)」は「どうやら普通ではないかもしれない」と思えるようになりました。
「(努力が)できたのは私だからであって、あなたも私と同じレベルの努力ができるかどうかは…それはごめんなんとも言えないかもなあ…だってすごく大変だったし…だから他の部分で頑張ってくれるのもいいかも」と思うようになりました。長!!
「自分にとっての【普通】が相手にとっての【普通】ではないかもしれない」と認識できるようになることは、人とのコミュニケーションの上では必須事項。
マネジメントなど部下や後輩を指導する立場ならなおさらです。
できていない現実に「普通これくらいできるでしょ」は、しんどいです。もっと優しくならないと。
このことを腹の底から理解するためには、他の人にはできないレベルの努力をするのが手っ取り早いのですが、まあそれは私だからできたこと…なのかなあ(笑)
毎日更新しています!
★────────────────────
・パーソナルサイト
http://ohisamayoko.com
・note
https://note.mu/ohisamayoko
・stand.fm
https://stand.fm/channels/64ef37e081469ca10deaa6d3
・threads
https://www.threads.net/@ohisamayoko_project
☆────────────────────





