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【雑感124】自己都合の思いやり

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正直に言おう、私はいわゆる「おとなしい」人はあまり得意ではない。

子供の頃からずっとそうで、塾講師時代、特に新人の頃は、「おとなしい」子には何をやってもまったく手応えがなくて、どうすりゃいいのかさっぱりわからなかった。

実はこの手応えのなさは、実際にはそうではないということを後日知ることになる。

 

退職の際に100人を超える塾生たちが私にメッセージを送ってくれたのだけど、

その中に1ミリも手応えを感じなかったあの子のものが含まれていたのも、そしてそのメッセージが「安達先生大好き」的なものだったのも、私は衝撃を受けた。

メッセージ作戦の音頭を取ってくれたのは、それこそ私が最も得意とする明るい子で、「陽子ちゃんきっと喜んでくれるよ」的なノリで動けてしまう子。

それこそ100人超の塾生を動かすほどのネットワークを持っている子。

私が得意な子とは、そこまでのことをしてもらえるだけの人間関係を築けたけれど、

そうでもない子とは、それこそ私はただの「先生」という立場の、ただの大人と思われていると思っていた。

私と話しているときは、あんまり笑顔なんて見せないし、何を言ってもたいして答えは返ってこないし。

 

だから、このメッセージ作戦にあの子が参加したことそのものが、すでに驚きだった。

私にメッセージを送ってくれることも、発起人の子のネットワークの末端にその子がいたことも。

それ以降の講師生活では、その経験があるから、「おとなしい」子に対して変に恐れることはなくなったけれど、

得意か苦手かと言えば、やっぱり得意とは思えなかった。

「おとなしい」人は本音を見せてくれなくて、そのままコミュニケーションを取ることは不安だったから。

あの子が心のなかでは「安達先生大好き」だったのかもしれないけれど、私はそんな気持ちを1ミリも感じなかった。

メッセージを読んだときの衝撃は、その後すぐに、「そうならそうと言ってくれよ」というため息に変わったのが、正直なところだ。

それを少しでも私に伝えてくれていたら、私は、もっともっと違った指導ができたし、何より気持ちが軽かった。

あなたはそれでいいかもしれないけれど、私のことも、少しは考えてほしかった。
それが、大好きな人にすることなの?

その子そのものはとてもいい子だったので、余計に、そこから感じる自己都合感にがっくりきた。

時は流れて、今は、採用担当として、「おとなしい」人に会う日常。

そういえば私は「おとなしい」人との関係づくりは苦手だったということを思い出した。

当時も今も、「おとなしい」人は自己都合のことが多いのだが、

完全に相手は子供でお客さんでもあった塾講師時代と違って、仕事の場だとなかなか許せない気持ちもある。

一方で、年齢と経験を重ねた今なら、なぜそういう自己都合が出てきてしまうのかまで考えられるようになったので、

自己都合全開の結果だいぶずれてしまった思いやりについても、それは確かに思いやりだったということまで認識できるようになってきた。

次回に続きます。

 

 

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