仕事で20代の若者と接しているので、自分の20代の頃をよく思い出す。
私の20代は、3つのステージに分かれる。
まずは大学生、司法浪人時代、そして塾講師時代。
学生の頃はサークルとゼミに邁進し、司法浪人時代はもちろん勉強に邁進し(?)、塾講師時代は仕事に邁進する日々だった。いつも何かに邁進していた。
もう20年も前のことなので、私の時代にはスマートフォンもなかったし、価値観も昭和全開(時期としては平成だけど)で、多様性なんかまったくなかった。ただ目の前のことに集中する以外の選択肢なんかまったく思いつかなかった。
今の若者からしてみたら大変不自由な時代を生きていたかもしれないけれど、20代のまだ自分が何たるかもよくわからない年頃で、今の時代ほどの裁量を与えられてもうまく活かせなかったのではないかと思う。もっと言えば、むしろ選択肢なんかないほうがいいと思うくらい。
だって、あのとき何かに邁進していたから、今の私があると断言できるから。
大学生のサークル活動でも、1年間の6分の1は東京を離れ、山奥にこもって活動した。のちに結婚したとき、まっさきに彼に見てもらいたかったのは、学生時代を過ごした田野畑村。もちろんただ行くだけではなくて、お世話になった方のところに泊まって挨拶もした。
ゼミで言えば、4年間同じゼミで鍛えてもらい、最終的には卒論が卒業式で表彰されているのです(笑)
まあ熱意と気合いが評価されたことは自覚していますが。
司法浪人はまったくうまくいかなかったけど、こんなに勉強が苦手な私があそこまで勉強できたことはそれだけで財産です。退路を断つために、代々木で有料自習室を借りたのですが、勉強に行き詰まるたびにそこのビルの屋上で見た東京の景色を忘れません。
そして塾講師時代。
今から考えれば精神的に結構やばいところまで追い詰められましたが、いくつも成し遂げた伝説は私の中では一生の財産です。幸いなことにあざらしくんは伝説の目撃者だし(笑)
こうして20代の頃を思い返すと、私の人生なにも20代に限ってこんな生き方をしてきたわけでもなく、10代なら10代で部活や受験などそのとき目の前のことに全力で取り組んできた。
だから、改めて「20代で」というテーマで語ることはないのだけど…。
ただ、今になって思うのは、ここまでなにかに全力をぶっこめる時間も体力も気力も全部充実していたのは、20代だったと思う。
今はいろんなものを失って、そして手に入れてしまったから、あんなふうにピュアに、そして、後先考えずに全力でなんていけない。あのときじゃなかったら、できなかったことだ。
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